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押井学がドラクエXをパスした理由

http://news.nicovideo.jp/watch/nw386574
私はドラクエが好きなわけではないし、オンラインゲームは嫌いである。
しかし、この記事を読んで有料のメルマガを読もうと思う人が出てくるのだと思うと非常に残念だ。

押井氏はRPGについて次のように主張する。

>そもそもなぜ僕がゲームに、なかんずくRPGと呼ばれるゲームにハマったかといえば、それは不健全な歓びに耽りたい、暗い愉悦に浸りたいという「後ろ暗い」欲求をを満たしてくれる形式だったからでした。

>RPGの本質は「殺戮と略奪」につきます。

>「殺戮と略奪」のどこが悪い。現実にそれをやったとしたら人外魔境・地底獣国ですが。なにしろゲームですから。そしてゲームだからこそ、独り隠れて非道を貫くことで、快感はいや増すのです。

まとめると、「現実ではできない非道(殺戮と略奪)を楽しむことが面白い」ということです。
つまり、この人は今までのドラクエが嫌いなのです。
その証拠にドラクエについて次のように語る。

>「友情」だの「使命」だのは、その暗い愉悦を覆い隠し、糊塗するための方便に過ぎません。まあ、その辺の事情を隠さず、あからさまに描いたゲームもりましたけど。『M&M』とか。その反対に、徹底して偽善の道を貫いたゲームもありました。『ウルティマⅣ』のことですけど。なんせ聖者・アバターですから。ゲームクリアのためとはいえ、献血したり施したり。いやあ、恥ずかしかったなあ。

もちろん押井氏が恥ずかしく感じることに快感を覚えるという可能性もあるが、

>何が悲しくて、そんな姿をパブリックに晒さねばならないのか。匿名だからいいじゃん、という話ではない。「オシイマ」だろうが「イヌマル」だろうが、「押井守」だろうが同じことです。誰かがそれを見ている、知っているからでなく、己れが見ている、知っているからイヤなのです。

とあり、マゾではないことがわかり、ドラクエが嫌いであることがわかる。
しかし、最後にこう続く。

>ドラクエを語るに相応しい人間だからこそ、語るべきでなかったのかも。今回の『ドラクエⅩ』は『ドラクエX(エックス)』なのであり、「ドラクエ」のパチもんであることにして、ほどよく忘れつつある『ドラクエⅧ』でも久しぶりに引っ張りだすことにします。

自分は過去のドラクエの作品が好きであると嘘をつき、今作が残念であると批判する終わり方である。
これはあまりにも卑怯である。

押井氏の批判には一貫性がないにもかかわらず、なぜ、このような記事でお金を払う読者が出てくるのか。
それは、オンラインゲームというものが少数派だからであり、現代の日本人は少数派を叩くのが好きなのだ。

オンラインRPGでは異例の販売数とはいえオフラインの時と比べれば明らかに減っている。
また、メディアにもあることないことを言われネガティブキャンペーンされているのは周知の事実だ。
つまり、勝ち馬に乗るためにドラクエを叩くことに決めたわけだ。
そして、ありきたりなことを言ってもつまらないと思ったのか、デタラメに書いた文章が矛盾を含んでしまったのだ。

滑稽なことに、世界の半分を怒らせると言って、読者を増やすために勝ち馬に乗って少数派を叩いているのである。

このことについて私は多少の怒り覚えたが、日本の半分も怒るとは到底思えない。
なぜなら、少数派である、土建を叩き、公務員を叩いた結果、東北の復興が遅れているという事実すら認識せず、
建前は東北復興、本音は見捨てるという腐りきった精神を持っている人がほとんどだからだ。
つまり、押井氏の記事を読んでメルマガを購読するという人の精神は腐りきっているのだ。



ここから愚痴

そもそも、芸術作品に関わる人が作品ではなく文章で表現して小銭を稼ぐなど滑稽極まりない。
このひとは監督という立場にはもう戻らないだろうし戻れないだろう。
しかし、視聴者側が美意識を忘れてこのような人間を盲信し続けるなら、押井氏は監督となり、
ポルノと大差のない「殺戮と略奪」を描いたビジネスのための作品を作るのだろう。
そうなれば、アニメ業界の未来は暗いと言わざるをえない。
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